1938
10月10日、大阪府池田町(現・池田市)に生まれる
1958
フリーの商業デザイナーとして、大阪平野町に事務所を設立
1959
写真家・岩宮武二のスタジオでアシスタントを務める
1961
VIVO参加のため上京。VIVO解散後、細江英公の助手となり、翌年、細江の写真集『薔薇刑』(集英社/1963)の制作に関わる。
1963
フリーの写真家となり逗子に移る。
横須賀の街を撮影。
1964
「フォトアート」誌5月号に〈東京・国立競技場〉を発表。
「現代の眼」誌の編集者であった中平宅馬に出会う。
同誌8月号のグラビアページで〈I am a king・通行人〉を発表。
黒木和雄プロ製作映画「飛べない沈黙」のスチール撮影を担当する。
1965
「現代の眼」誌2月号に〈無言劇〉を発表。
6月、「カメラ毎日」誌編集者であった山岸章二に写真を持ち込み、その場で8月号に9ページの掲載が決まる。
「フォトアート」誌4月号に〈アフタヌーン・ヨコスカ〉、「カメラ毎日」誌8月号に〈ヨコスカ〉を発表。
1966
横須賀、熱海、新宿、浅草などで精力的に撮影。
4月〜6月、寺山修司の指名で「俳句」誌の連載〈ショウの底辺(見世物の歴史)〉に写真を発表。
その後、「アサヒグラフ」誌の連載〈街に戦場あり〉(9〜12月号)で、寺山のエッセイに森山と中平が交互に写真を担当する。寺山修司による長編小説『あゝ荒野』(現代評論社)の表紙写真を撮影。
1967
天井桟敷を撮影。
アンディ・ウォホールのカタログに感銘を受ける。
12月、「カメラ毎日」誌に発表した一連のシリーズ〈にっぽん劇場〉〈ACTOR・シミズイサム〉を対象に、第11回日本写真批評家協会新人賞受賞。